映画『哀愁しんでれら』と暗い話の用法用量

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映画『哀愁しんでれら』あらすじ

映画『哀愁しんでれら』予告篇

児童相談所に勤める小春(土屋太鳳)はある日、怒涛の不幸に見舞われ、全てを失ってしまう。
そんな彼女は、8歳の娘・ヒカリ(COCO)を男手ひとつで育てている開業医の大悟(田中圭)と出会い、惹かれていく。彼女は絶望の淵から一転し、幸せの絶頂へと駆け上がり、彼と結婚する。
『シンデレラ』ならここでハッピーエンドだが、彼女の物語はここで終わらず……

映画『哀愁しんでれら』感想など

もう1ヶ月以上前に『哀愁しんでれら』を見ました。
以前から土屋太鳳が好きで、特にシリアスでブラックな土屋太鳳が大好きなので、本作は映画『累-かさね-』以来待望の一作でした。小春は明るく純粋な面とダークな面を併せ持つ女性ですが、やっぱりこういう役柄は本当に合うなと思います。どんどんやってほしいです。

物語は、序盤からものすごいテンポでシンデレラストーリーが展開していきますが、徐々に不穏さが垣間見えてくるのがたまりません。

一気に不穏さが増してくる、食べているのか確かめるためにヒカリのおにぎりに硬貨を入れるところとか、「えっ!?何してんの!? うわあ……」と寒気がしました。ああいうの怖いけど好きです。
そもそも序盤でヒカリの眼帯に漫画風の目を描く時も何かズレた感じというか、不気味さがあるんですよね。

あとヒカリもよかったです。小春がうさぎの剥製を壊してしまったときの「いーけないんだいけないんだ♪」煽りとか、だめだこいつ早くぶっとばさなきゃと思うほどの憎たらしさでした。

そしてラストの大量殺人と家族3人のラストシーン。絶望の淵で白馬の王子様と出会う物語前半とは全く質は異なるけど、ファンタジーというカテゴリは同じで、「しんでれら」の名の通り一貫して「おとぎ話」なんですよね。
劇的な幕切れで混乱のうちにエンドロールを迎えたんですが、何だか見た後3日ぐらい後を引きました。悲しいとかではなく、重みが残っているというかなんというか……
特に「あと何が出来るかな」は印象に残りますね。

小説版について

本作は秋吉理香子(『絶対正義』や『暗黒女子』『聖母』などの著者。イヤミスに定評がある)による小説版(『哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ』)があります。概ね映画版とストーリーは同じですが、キャラクターの名前や性格や細部の設定・台詞が異なります。映画版で言及されていないところが描かれてもいるので、映画版を既に見た方にもおすすめです。特にヒカリ関係(小説版ではカオリ)はオリジナル要素が盛りだくさんです。

暗い話の用法用量

さて、現実世界では明るい話が聞きたいですが、映画・ドラマ・小説などのフィクションではどちらかといえばわたしは暗いテイストの話が好きです。

『哀愁しんでれら』以外では、例えば、映画『凶悪』『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』、ドラマ『ギルティ 悪魔と契約した女』『それでも、生きてゆく』、小説『白夜行』『イノセント・デイズ』みたいな。(特にグゥ~ン……となる感じのを選びました。またそれぞれ詳しく取り上げるかもしれません。)

こういった作品が好きなんですが、なんか自分の中に暗い話ゲージみたいなのがあって、それがたまに限界を突破してしまい、「もう暗い話は嫌でござる~><」という拒絶反応が出ることがあります。
このもどかしさは何なんでしょうか。かといって底抜けに明るい話ばかりを見ても今度は「明るすぎるんだよなあ……誰か死んだりしないかなあ……」という人格を疑うわがままな考えが脳裏をよぎります。

結局のところ、何でもいいバランスで摂取するのが大事ですね。
早くこのブログもスカスカじゃなくバランスのいいメニュー配置になるといい思います。(他人事)

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